不登校だった私が『嫌われる勇気』から学んだこと

不登校だった私が『嫌われる勇気』から学んだことのアイキャッチ画像 学び・考察

嫌われないためではなく、嫌われる勇気をもつための本

仲良くなれそう…そう思っていた人に理不尽な怒られ方をした。人間性さえ否定された。

何がいけなかったのか、一晩中考えた。嫌われたくなかった。

周りの顔色を窺って、相手を不快にさせない立ち回りをしてきたつもりだった。

それが正しいと思っていたし、でも本当は苦しんでる自分がいるのもわかってた。

そんなときに読んだのが『嫌われる勇気』だった。

あなたにはあなた自身が変わろうとする”勇気”がありますか?

人に嫌われるのって辛いですよね。悲しいし、できるだけ自分のことを好きでいてほしい。

そう考えることは当然で、嫌われること恐れることは決して悪いことではありません。

自分のことを好きでいてほしい、嫌いにならないでほしい、このような考えは他者と協調的関係性を築く上でとても重要な考え方であり、人が誰しも抱く普遍的な欲求です。

しかし、覚えておいてほしいことがあります。他者が自分のことを好きになる、他者が自分のことを嫌いにならない、これらすべて【他者の考え】であり、自分がコントロールできることではありません。

最終的にどのような選択をするのか、それは他人が決定することです。だからこそ、自分にできるのは自分がどう在るかでしかないのです。

本書は、嫌われないための本ではありません。

嫌われる勇気をもつ本であり、あなたがあなたらしく生きるための本です。

本日はこの『嫌われる勇気 自己啓発の源流アドラーの教え』について紹介しようと思います。

あのブランド品が毎日激安特価!お買い物なら楽天市場

世界はシンプルである。人生もまた、シンプルである

本書では、まず青年と哲人(哲学者)の出会いから始まります。

哲人は青年に語ります。

「世界はシンプルであり、人生もまたシンプルです。世界が複雑なのではなく、あなたが世界を複雑なものとして捉えている。」

今まで当たり前に複雑だと捉えていた世界を、色眼鏡なしで見ることができますか?

シンプルな世界を直視する“勇気”はありますか?

この様に捉えることで、人はみな変わることができ、幸せになることができると哲人は語ります。

当然、青年は反発し議論が対話形式で展開されていく…そんな感じの内容です。

原因論と目的論

原因論と目的論という言葉をご存じですか?

原因論…過去を要因として、行動や感情が決定されるという考え

目的論…過去ではなく未来の目的によって行動や感情が決定されるという考え

本書ではアドラー心理学を基に原因論ではなく目的論で話が展開されていきます。

私はもともと不登校で、およそ4~5年は引きこもっていました。それも中学生上がりたての思春期に。

先述した2つの論に沿って考えると、、、

原因論の場合 「何らかの要因があって不登校になった」

目的論の場合 「不登校になりたい何らかの目的があった」

このように考えられるわけです。

どちらが優れているとか、劣っているとかの話ではありません。

大切なのは過去に支配されるのではなく、

自分がしてきた過去に、どのような意味を与えられるか

だと思います。

本書では、そのための手段として目的論が有効であるとされています。

課題の分離

本書において最も共感を得た部分がこの【課題の分離】です。

課題の分離とは、これは誰の課題なのか?を考えるところから始まります。

自分の中で解決できること、自分で選択したこと、これらは自分の課題です。

一方で嫌われたくないな、と自分が思っていても嫌うか嫌わないかを判断すること、これは他者が最終的に決めることで自分が関与できる問題ではありません。

つまり、他者の課題となるのです。

このように、自分の課題、他者の課題を切り分けて考えることを課題の分離と本書では述べています。

私自身、似たような考えを持っていて相手を変えることはできないし、自分を変えること、自分の見方を変えることでしか世界は変えられないと思っています。

人間関係で悩んでいる方は、まずこの課題の分離について実践してみることをおすすめします。

自己肯定と自己受容

自己肯定…無条件に自分には価値があると考える・信じること

自己受容…ありのままの自分を受け入れること

本書では、自己肯定は暗示である、自分に嘘をつくこと、など散々なことを言われてましたが、私の見解は少し違います。

ありのままの自分を受け入れて、その上で自分には価値があると考えること。

どちらかでは成り立たないんです。

私はどうしようもない人間です。不登校になって、いろんな人に迷惑をかけて、支えられてきました。

それでも、自分に価値がないとは思わないし、思いたくないです。

それは支えてくれた人たち、期待してくれた人たち、自分自身の期待まで裏切ることになるからです。

だからこと価値がないとは思わないし、もっと期待に応えたいと思うんです。

他者貢献こそが幸福の鍵である

と本書では述べられていました。

概ね同意です。

「私は誰かの役に立てていると思えた時にだけ、自らの価値を実感できる」

自己承認欲求との違いは、誰かを満たしてあげよう、という考えの基に行われた行為ではないということです。

しかし私は自分を満たすことこそが自らの価値を実感する唯一の手段だと考えています。

自分が満たされることで初めて、他の人たちに目が向いて、その人たちのことを考えられる余裕が生まれます。自分が行ったことを通じて、他の人も満たされたら最高だなって考えれるようになります。

そうして満たされた人がまた他の人を満たして、その繰り返しが生まれたらとても幸せなことだなって思うんです。

総評という名の感想

対話形式の本ってこんなに読みやすいんだなって思いました(笑)

ブログとかでもよく対話形式であるじゃないですか、なるほどなぁって。ちょっと取り入れたいかも。

この本を読んだ理由として、コンビニバイトでちょっとトラブルがあってですね。

普通に接してた人にある日すごい叱られて人格否定みたいな事されまして。

その日はすごいくよくよしてて、どうしたらよかったのかな、なんて考えてました。

そうして数日後に書店にいったとき、ベストセラーだったかな?この本が見えたんですね。

一目見て購入を決意しました。

実際読んでみて面白かったですし、自分と他人、その境界線とか課題を分離して考えること、これは人間関係で悩んでいる人たち全員に知っておいてほしいなって思いました。

自分は自分、人は人、なら変えられるのは自分だけです。

あなたも嫌われる勇気をもってなりたい自分になってみませんか?

コメント

タイトルとURLをコピーしました