38歳、呆れすら覚えた
昨日、YouTubeを開いたら気になる動画を見つけた。
【ザ・ノンフィクション】12浪の早大生が38歳で就活に挑む…面接にさえたどりつけない年齢の壁『12浪の早大生 38歳の就活 ~僕に内定をください~』
12浪⁉38歳?流石に気になった。
動画の内容は、12浪の末に早稲田大学に合格した石黒さんが直面する現実、38歳という年齢で新卒採用に挑むその苦悩をノンフィクションで送る番組だ。
私は12浪だとか、38歳で大学生であることを冷ややかな目で見る気はない。そもそも私は人を見下せるような経歴じゃない。それでも、動画を見ていくうちに、正直思ってしまった。「38歳でこれ?」
ESの提出期限ギリギリまで動かない。相談しろと言ってくれた人に対して不誠実な対応。人と話すときの受け答え、凝り固まった意味の分からないプライド。現実逃避してしまうその性根。
はっきり言って、不快とか驚きより呆れた。
重なって見えた
私自身、石黒さんに重なるところはある。焦らないといけないのに、現実逃避してしまう。頭ではわかっていても、人に指示されたことに対して反発してしまう。その気持ちは、わかる。
それでも38歳とは思えないその姿に、人って年齢じゃないんだなって改めて思わされた。
別に見下せるような立場にいるわけではないけれど、人の善意とか期待に対して凝り固まったプライドで言い訳しているのを見ると、それは違うだろって言いたくなった。
ゲームやサークル、息抜きは大切だけどもっとやることあるだろって言いたくなった。
動画を見始めたとき、確かに私は石黒さんに呆れの感情を抱いていた。
何が常識で、何が非常識か
それでも見ていくうちに、少しずつ私の感情に変化が起こった。
チャットGPTを使わず、自分の言葉でESを書きあげようとしていたこと。カードを売ったお金で就活遠征する自分の現状を惨めだと思っていること。少しずつ石黒さんを知っていく中で、そんな感情の吐露に、私の気持ちは呆れから応援に傾いていった。
むしろ、一つの側面だけで物事を捉えて呆れていた自分自身に、恥すら覚えた。
石黒さんは確かに、12浪38歳という就活における特大のハンディキャップを背負っているのかもしれない。生きてきた年数に比べて、人生経験というものが欠けているのかもしれない。
なら彼は人間として劣っているのか。
それは違うと思うし、肩書とか経歴とか、そんな表面的な事実から人を評価しようとすることは、なにより私が嫌うことだったはずなのに。
気付かされた
無意識のうちにそんな私がいたことに気付いた。気づかされた。
12年も浪人しないと早稲田に受からなかったんじゃなくて、12年も受験を継続することができた。
欠点や短所は裏返せば、長所にも強みにもなりえる。その幅が大きければ大きいほど、人としての味が出ると思う。だからこそ、彼の12年間は決して無駄だと思わないし、彼自身にそう思ってほしくはないなと思う。
私も、不登校だったこととか浪人したこと、それを就活で話すと不利になるからって隠していた過去がある。でも、やっぱり改めて思う。不登校だったけど、浪人しても偏差値の高い大学に入れなかったけど、今はこうなんですって。今の自分を、ありのままの自分を受け入れること、受け入れてもらうことが大事なんだよなぁって。
当然、そんな綺麗ごとで罷り通る世の中じゃなくて。不採用通知を送られまくるかもしれないけど。
でもやっぱり自分のしてきたことに嘘はつきたくなくて、恥ずべき過去なんかじゃなくて。
今の自分をみてほしいよなぁって思う。
何事も見方を変えれば、価値も変わる。
何が常識で、何が非常識なのか。それを決めるのは自分の見方でしかなくて。
小さな世界で閉じこもっていたくなんてないよなって。
小さな枠に捉えていたのは自分なんだって気づけた。






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