限られた時間の中で、私たち人が生きる意味

人生考察

あなたの人生に意味を見出せるのはあなただけ

自分の人生に意味を見出せるのは自分しかいない。

私は順風満帆な人生を送ってきたわけではない。不登校になって、受験に失敗して、教育学部に入学したのに教員免許すらとれていない。死にたいと何度思ったか、数えきれない。

自分の人生って何なんだろうって、何のために生まれてきたのかなって。

地球とか宇宙のような大きなスケールで物事を捉えたとき、人の一生に意味なんてないのかもしれない。数十~数百億年生きてきた宇宙や星からすれば、たかだか120年程度しか生きられないちっぽけな生命体なのかもしれない。

どんな優れた人も、偉大な人も、成功を収めた人も、社会不適合者と呼ばれる人に対しても、時間に貴賤はなく平等に流れる。死は人が辿る終着点で、過程は違えど結末はみな同じである。

なら生きることに意味はないのか、価値はないのか。

凡そ宇宙規模で見たとき、人生に意味はないと思う。

それは、世界規模で見ても同じだし、他人から見てもそうだ。

なぜなら我々は、同じ世界に生きているようで究極的に自分の世界に生きているからだ。

同じ景色を見てもその心象は異なる。同じものを食べても味は異なる。

一人一人がその人だけの人生を送ってきたからで、まったく同じ人生を歩んできた人はいない。

なら、他人が下す評価とか価値に大した意味はなくて、自分が歩んできた人生に意味を見出せるのは自分だけしかいないと思う。

限られた命だからこそ、人生の醍醐味を

人は絶対に死んでしまう。命には限りがあって、時間は有限である。

死にたいなって思うことがあって、生まれてこなければよかったのになって思うことがあって、それでもこの人生を今日まで歩んできたのは、死にたくないからなんじゃないかな。

死にたくないってことは、生きたいってことじゃなくて。

心残りがあるんじゃないかなって思う。人生にやり残したことがあるんじゃないかなって。

私は正直、いつ死んでもいいと思ってる。

でもそれは決して死にたいっていう後ろ向きな気持からじゃい。今まで自分が歩んできた人生その全てを肯定できるから、私に出会ってくれた全ての人に感謝しているから。

だから、私の人生は仮に今死んだとしても悔いはないと思う。

だからこそ、今を生きたいって思えるし、生きていられることにありがたいなって感じる。

人からの評価とか肩書とか自分の人生を保証してくれるもののように錯覚するけど、他人から見た自分は所詮、他人から見ている人生でしかない。

人によって生きる目的とかは違うし、何に価値の重きを置いているかも異なる。

そう気づけたとき、自分の人生に意味とか価値を見出せるのは自分しかいないんだって。

世界から見た自分でも、他人から見た自分でもない。自分の中の自分しかいない。

だから人生って面白いなって思う。

世界は広いし、私の人生なんてちっぽけなものかもしれないけど。

限られた時間の中で何を見出せるのか、どんな体験が待っているのか。

人生の意味を見つけられるのは自分しかいない。

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