自分が生きる人生、その主導権を握るのは自分しかいない
私たちは1日におよそ3万5千回もの選択をしているといわれている。
それは決断の連続であり、人生はその積み重ねでできている。
けれど、その全てが望んだ選択とは限らない。
朝、起きたくないのに起きる。
怒られるとわかっていても、しないといけないことがある。
本当は行きたくない場所に、それでも向かわなければならないことだってある。
そんな「やりたくない選択」は、確かに存在する。
それでも、最後にその決断を下したのは、選んだのはいつだって自分だ。
やらされているように感じても、逃げることだって、投げ出すことだってできたはずだ。
そんな日々を生きる中で、自分なりにこれが最善だと思った道を選んできたと思う。
だからこそ、失敗することだってあるし、後悔することもある。どうしてこんなことにって、どうして自分だけこんな目に合わないといけないのかって、不甲斐なさで泣いた日だってあると思う。
決断することは楽じゃなくて、むしろ苦しい、辛いものだけど。
それでもその選択権を、何者にも委ねてはいけない。
誰かのせいにした瞬間、自分の人生の主導権を手放してしまうことと同義だからだ。
私の人生は私のものだし、あなたの人生はあなたのものだ。
これは誰が何と言おうと揺るがない事実。
自分が生きる人生の主導権を握っているのは自分しかいない。
今までの選択はあなたの人生そのものである
私は不登校だったし、浪人もしたし、教育学部に入学したのに教員免許も取れず、新卒で派遣の製造業に勤めている。
およそ勝ち組とはお世辞にも言えない、人に言うのが恥ずかしくなるような経歴を歩んできた。
この記事を読んでくれている人の中にも、人に言いたくない過去とか、自分なんて…とか思ってしまう人がいると思う。
ならば負け組なのか?そんなことを思ってしまうときだってある。
でも人生ってそうじゃないよな。
ネットを見れば収入とか肩書とか、そういった世間体が優れていることが絶対正義かのように持ち上げられる。でも、そうじゃないよな。
価値観は比較するものじゃないし、人生は比較するものじゃない。
私たちにできることは、無数にある選択肢の中から選ぶことだけだ。
その選択が正しかったのか、正しくなかったのか、それを決めるのも自分だ。
行きたくない学校に入学した人も、就職したくない会社に入社した人も、引きこもって家にいる人だって、どこで、何をするのか、自分がどう在りたいのか、その選択権は常に自分にある。
諦めて俯くんじゃなくて、できないからと立ち止まるんじゃなくて。
そこで自分ができる精一杯をやるしかないんじゃないかなって。そこでしかできないことが、見えないものがきっとあるはずだから。
辛いときは環境とか他人とか、どうしても自分以外のせいにしたくなる。
でもそこに意味を与えることができるのもまた、自分しかいないんだよ。
あなたしか見つけられないことが、掴めないものがきっとあるはずだから。
人生の選択権を握っているのは自分なんだってこと、忘れないでほしい。






コメント