ブログを書く理由を、自分でも改めて考えてみた。
お金を稼ぐだけなら、もっと楽なやり方だって、もっと稼げる方法だってあったと思う。
こんな面倒なこと、しなくてもいい。
だって、どう考えても稼げる発信内容じゃないから。
自分の体験とか、気づきを基にした考えとか、価値観の発信なんてさ。
100人見て、5人に刺さったらいい方だと思う。
もっと、人の悩みを直接解決できるテーマにすればいい。
そういう記事なら需要もあるし、AIに任せてもそこまで違和感はない。
わざわざ苦しかった過去を思い返して、あの時どんなことを考えていたかまで掘り返さなくてもいい。
それでもそのやり方を選ばなかった理由
でも、そうじゃないんだよ。
私がブログを始めた理由は、そこじゃなかった。
本当にやりたかったのは、生きるのが辛くて、苦しくて、心が折れそうになっている人の支えになること。
少しでも勇気になれたらいい。
少しでも、自分だけじゃないと思ってもらえたらいい。
そう思って始めたんだよ。
それを忘れちゃいけないと思った。
自分の体験や考えを言葉にする意味
就職活動のとき、私はずっと迷っていた。
やりたいことが分からなかった。
だから給与とか、休日とか、福利厚生とか。
そういう待遇面で選ぼうとしていた。
でも本当に欲しかったのは、条件のいい仕事じゃなかった。
人生をかけて熱中できる何かだった。
これをするためなら、代価を払ってもいいと思えるものだった。
だから、うまくいかなかったんだと思う。
今の仕事にも学びはある。
でも、自分の本音は別の場所にあった。
誰にも届かないかもしれない不安
ブログを始めてから、ほとんどPVはつかない。
収益なんて、まだ遠い話だ。
誰にも届いていないのかもしれない。
そう思う日もある。
たとえ読まれても、綺麗事だなって笑われるだけかもしれない。
でも、本当に何かを届けたい活動には、こういう苦しさがあると思う。
伝えたいのに伝わらない。
その苦しさで、こっち側の心が折れそうになることもある。
誰にも読まれないブログを続ける意味|PV0のままでも書き続ける理由
それでもやると決めた理由
SEOも大事だと思う。
アドセンスも、お金も大事だと思う。
そこは否定しない。
でも、それ以上に譲れないものがある。
数字だけ追って、自分が本当に伝えたかったことを見失いたくない。
私じゃなくてもいい文章にはしたくない。
私の体験を届けられるのは、私しかいないから。
だから、やる。
だから私はこのブログを書いている
収益にならないかもしれない。
誰も見ていないかもしれない。
コスパもタイパも悪いかもしれない。
それでも、もし誰か一人の心の支えになれるなら。
一歩踏み出す勇気になれるなら。
そこには意味があると思う。
不登校、引きこもり、浪人、就活失敗。
とてもじゃないけど、順風満帆とは言えない人生だった。
でも、だからこそ届けられることがある。
失敗して、迷って、折れて、燻ってきたからこそ伝えられることがある。
もし今、やりたいことが分からなくても大丈夫。
答えは最初から見つかるものじゃなくて、動きながら少しずつ見えてくるものだと思う。
だから私は、ブログを書く。
あなたは、どうしたい?






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