誰にも読まれないブログを続ける意味|PV0のままでも書き続ける理由

日常・エッセイ

ブログを書き始めて、15記事。

正直に言うと、ほとんど読まれてない。
PVはほぼ0だ。

PVに1って表示されて、ちょっと嬉しくなった日もあった。
でも、翌日アナリティクスを見たら0。

あぁ、誰にも届いてなかったんだなって思った。

正直、きつかった。
でも、全く予想していなかったわけじゃない。

Googleに認知されるまで時間がかかることも、ある程度記事数が必要なことも。

最初から分かってたから。

それでもやっぱり、誰にも見られていないその現実を数字で突きつけられるのは、少しきつい。

それでも届けたいから

何かやりたいと思って始めたのに、思うように結果が出ない。

自分って才能ないのかなって、思い始めてる人へ。

私がブログを書いている理由はシンプルで、誰かに届けたいからだ。

好きなこと、得意なこと、そして私の経験・人生から生まれた価値観。

与えるって言葉は、どこか上から目線に感じちゃうから。

分かち合いたいって思ってる。誰かの後押しになりたいって。

同じように悩んでいる人。
どうしようもなくて、明日が見えない人。

正直、そういう人たちは私のブログなんて読んでる余裕なんかないってこと、よくわかるんだよ。

綺麗事言ってる人の話なんか聞きたくないって、そんなことより現実が押し寄せて。

それでも、今の私にできることは発信することだけだから。

だから書く。

私の価値観、少しでも伝えたいなって。

伝わったら嬉しいなって思いながら。

成長している間の楽しさ

もしかしたら今、同じように何かを続けていて、意味あるのかなって思ってる人もいるかもしれない。

私は、そういう状態を知っている。

今思えば、成長している過程が好きだった。

サッカー、卓球、ドッジボール、そろばん、空手。
いろんな習い事をやったけど、共通しているのは伸びている間は楽しい。
でも、壁にぶつかるとやめてしまう。

ゲームでもそうだし、物語でもそう。キャラクターとか主人公が成長している時間が一番好きだった。

何が言いたいかっていうと、成長の過程も楽しめるってこと。

特に私は不登校だった時期、ずっと引きこもっていた。

何もしていなかったわけじゃない。
小説をたくさん読んで、読解力は確実に上がったと思う。

でも、人として成長していたかと言われると、まぁしてなかったよね。

迷惑かけてること知っていながら、誰に寄与することもなく、自分勝手に娯楽を謳歌して。

人の心配する声とか、耳塞いでた。都合のいいことばかり聞くようになって。

だから私は、成長の停滞を知ってる。

知ってるから、断言できる。

今の私が、成長していないとは思わないってこと。

たとえ誰にも見られていなくても、やりたいことに向かって進んでいるこの時間は、確実に積み上がっている。何も恥ずかしいことじゃないよね。

今を、やめたくないって思える。

今この瞬間を、なんとか続けてる私たちが、ここで諦めてどうすんだって。

やめたら、終わりだよ。

達成したときの喜びも、
届かなかったときの悔しさも、
そのどっちも、味わえなくなる。

誰にも見られていなくても、自分だけは、積み上げている今を知ってるから。

だから、諦めたくないなって。

精一杯頑張りたいなって。

私は続ける。

あなたは、どうする?

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